B型の特徴とは?

ピュアなB型の国と言っていいのがモンゴルである。御存知の通り朝青龍そっくりの肖像画を残すチンギス・ハンは少し誇張して言えば世界の人口の半分を制覇した。莫大な資金力を持っていたことだろう。したがって本来なら中国やイスラム諸国、ヨーロッパの如く遺跡をたくさん残しても不思議じゃない。

しかし! 未だにチンギス・ハーンの陵墓は発見されていない。そればかりか、かつての首都であったハラホリン(カラコルム)に若干の城壁跡などが散見されるのみ。世界を震撼させた『元』も文字通り雲散霧消してしまったのだ。これぞ持続力のないB型の象徴みたいなモノだと思います。

好意的に評価すれば「土地に代表される物欲がない」ということなんだと思う。悪く言えば「大きなモノを作るだけの持続性がない」です。こらもうモンゴルの草原に行けば誰でも納得する。おそらくモンゴルの草原には千年以上にわたって人が住み続けていることだろう。なのに! ナニも残っていないのだ。

Gel

上の写真はゴビ(砂漠のモンゴル語)の旅行者用キャンプ。モンゴルの住居は歴史的に「ゲル」(パオは中国語)。素材は木材と布だけで、金属など使っていない。したがって100年もすれば跡形も無くなってしまう。人間や動物も死ねば自然と同化する。金属や岩石を使わない限り、痕跡が消えるのだった。

といったことに対し、B型はまったく気にしないんだと思う。叔母を見ていると正しくモンゴルの魂であります。だってナニも残していないのだ。うなぎ屋自体はO型である私の祖父が作った。されど叔母はそのまま居抜きで使っているだけ。お金のあるときでも、どうやら「家を買おう」とはコレッポッチも考えなかったらしい。

私の祖母もB型である。おそらくナニも残す気など無かったことだろう。ジツは私も似たようなモノ。、O型のヨメが「ふざけんな!」というから資産を残すべく頑張っているけれど、もし結婚していなければ(結婚してもB型のヨメなら)、間違いなく賃貸物件に住み続けているハズ。

そんなこんなで、叔母は見事に「資産」を持っていない。

・以前書いた『モンゴル旅行記』です。

| コメント (2)

日本人のルーツ

現在「日本人の母親」は9人いると言われる。北はモンゴルとロシアの国境近くのバイカル湖あたりが出身の「母親」から、南はハワイを含む南太平洋に多い「母親」まで幅広いバリエーションを持つ。アジアで日本のような「多くの母親」を持つ国、国土の広い中国と日本同様混血が進んだタイくらいものでしょう。

タイの地下鉄に乗ると、日本と同じく様々な顔つきの人がいるのに驚く。ただ地域による偏差も大きい。「イサーン」と呼ばれる東北地方に行くと、中肉中背丸顔丸い鼻のいわゆる典型的なアジア人の顔つきが増え、マレーシアの国境近くまで南下すれば、鼻の横幅が広い海洋系ミクロネシア風の人になっていく。

また、背が高く卵型の顔つき(みづぎありささんみたいな感じ)の人は、例外なくチェンラーイから上の山地の人。ちなみに中国の雲南省南部や、ミャンマー、ラオスを含む山地に行くと、美人が多いので驚く。日本で「美人」とか「きれい」と言われる顔つきそのものです。この地域、もちろん日本人の母親の一人になっている。

写真の出展が不明なので直接紹介出来ないが、グーグルで検索した『アカ族』や『リス族』の写真など。独身の友人や知人には「日本人の先祖であるこの地域からヨメを貰ったらどうだ」とすすめてます。面白いモノで、日本列島にやってきて何世代も経つのに遺伝子のイタズラで突如濃い先祖サマの「血」が出るのだろう。

そもそも人類が気軽に移動できるようになってから、100年程度しか経っていない。日本を見ても江戸時代まで藩を出ることが出来たのは、ごく一部のエリートのみ。一般市民が日本国内を動き始めたのは、大正時代になってからだと言われる。なのに日本人の顔つきの「地域偏差」は非常に少なかった。

もし大陸や島伝いに日本にやってきた人が分散して住んでいたら、地域によって顔つきが全く違っていたハズ。実際、日本の先住民であるアイヌの人や琉球民族などはピュアである。もし人の移動が無ければ、ミクロネシア系の人やアジア系の人、雲南省の人は同じ地域に住んでいなければならない。

それ以前から「9人の母親」の血が混じっていたということです。逆に何百年も前から混ざり合っても、未だ先祖のDNAによって顔つきや体型変わるというのだから面白いこと。これ、血液型にも当てはまると思うのだ。B型はB型の特徴が出やすいと言うことであります。さて。B型の特徴とは?

| コメント (1)

人類の母親はたった35人

近年、ミトコンドリアDNAの解析によって母方のルーツを追い掛けられるようになった。その結果、「人類」(ホモサピエンス)が絶滅寸前に追い込まれた経験を持つ、ということが解ったという話は有名。人類の母親を辿ると、わずか35人だという。全ての人類のミトコンドリアDNAが、この35人に絞られるのである。

何と! 上を見て100人くらいにまで減ったということです。以来、16万年程度(これまでは10万年と言われていた)しか進化していない。だからこそ全ての人類と交配出来るのだとか。おそらく100万年以上進化を繰り返した犬や猿を見ても、最も大きいタイプと小さいタイプの交配、不可能であります。

また、この家族が住んでいたのはアフリカの南部らしい。いわゆる「ブッシュマン」のようなタイプの人だったようだ。脳の構造などを調べると現代人と同じような知能を持っていた模様。10万年前のコドモを現代に連れてきて教育したならパソコンも使いこなせる? ちなみにサルと人類の中間は見つかっていない。

やがて人口も増えたのだろう。ここから食料と快適な住環境を求め、グレードジャーニー(偉大なる旅)が始まる。アフリカ大陸を北に進み、ある一派はアラビアから東を向かう。海に出た人たちだって居ただろう。やがてベーリング海峡を渡り(それまで南北アメリカには人類が生息していなかった)、世界中に広がっていく。

御存知の通り南北アメリカ大陸の先住民を見ると、イヌイットやインディアン、インディオなど全て黄色人種です。アフリカを始祖とする人類は、移動による環境の変化で進化を続け、最期に登場する黄色人種が最も環境の変化に強いと言われる。確かに極北に住むイヌイットから、酷暑のインドシナ半島にまで対応してます。

興味深いことに、最近コーカソイド(白人)はネアンデルタール人を吸収した、という説がイキオイを持っている。混ざったワケ。日本の教育だとネアンデルタール人は猿のように野蛮だと教えられるけれど、どっこい! パワフルでマッチョなガタイを持っていた。コーカソイドの体格の良さはネアンデルタール人のDNAか?

さて。日本人のルーツはどうなっているのか? これまたDNAの解析によって「9人の母」が確認されてます。(来週の火曜日に続く)

| コメント (0)

日本語のルーツ

漢字という漢民族由来の文字を使う日本語は、文法が全く異なる。どこに近いか? 大雑把に分類すると、いわゆる『ウラル・アルタイ語族』と言ってよかろう。文法上は韓国語やモンゴル語と同じ。なかでも韓国語は日本語と極めて近い。聖徳太子の時代、半島から治水の技術者などが多数日本に渡ってきているけれど、通訳はいなかったという。

今でこそ日本も「性+名」となっているが、明治時代まで一般人はモンゴルと同じく「名」だけだった。江戸時代までの上流階級の文化、漢民族への憧れからできあがったものだと考えれば間違いない。朝鮮半島も同じ。そこから続く中国の東北部の歴史を見ると、やはり名だけ。興味深いことに漢民族のコトバは我が国で広まらなかったのだ。

日本にウラル・アルタイ語を持ってきたのはどの民族か? こらもうB型の祖である遊牧民に他ならぬ。漢民族から「匈奴」(古い中国語だとフンヌと発音)と呼ばれ、現代では民族大移動を誘発した「フン族」とされる。ちなみに「ハンガリー」と「フィンランド」はフン族の影響が濃く残っており、文法もウラル・アルタイ語族。日本語と近いです。

ヨーロッパの先住民であるゲルマン人もケルト人もB型は皆無に近い。一方、トラッドなモンゴル人ってB型ばかり。フン族の国である”フン”ガリーも”フン”ランドもヨーロッパでは珍しくB型が多い。といったことを考えると、日本は狩猟民族であるO型の先住民を持ち、農耕民族のA型により発展し、B型のコトバを使うと言うことになる。

日本のどこが農耕民族なのか? どこが単一民族なのか? アジアの国でいろんな顔つきの人が住んでいるの、日本とタイ、中国だけである。日本は様々な民族が混ざったからこそ、混血の強さを持つのだと思う。そんなことから、血液型は自分のルーツであるDNAを色濃く伝える「因子」になっているのだろう。

さてさて。私の母型の家系はB型の色が極めて強い!

| コメント (1)

叔母はB型である

最近、血液型は人間の原型を示すという見方が広く知られ始めた。例えばO型は最も古い時期に日本にやってきた人たちだと言われる。「縄文人」と呼ばれる人々で、いわゆる狩猟民族だ。縄文人の遺跡を発掘すると、ドングリのような木の実や、貝、魚、獣などを食べていたらしい。ガッシリしたアゴを持ち、多毛。

狩猟民族の常で「今日獲物が無ければ明日がある」といった天真爛漫さを特徴とする。現代だと優柔不断と言われてしまいますが‥‥。縄文式土器を見ても解る通り、高い芸術性も持つ。勇猛果敢ながら、組織力が無く、食糧の問題で集落は大きくならない。やがて大陸から稲作の技術を持ってやってきた弥生人に追いやられてしまう。

A型は大陸を祖とする農耕民族だという。キチンとした計画に沿って作物を育てる。したがって雨が降っても予定通りコトを進める几帳面な性格。多くの食料を得られる農業は、組織力も必要とした。人の統率力が求められ、政治、土木なども発展。土地(モノも含む)に対し強い関心を持つ。弥生時代、人口は飛躍的に増えたらしい。

古い教育を受けた人ほど「日本人は農耕民族」と言うが、そらもう「日本は単一民族」と言う意見と同じくらい暴論。おそらく縄文末期は大陸からやってきた弥生人と激しい勢力争いがあったと思う。多くの縄文人は耕地にならない山間部に移動したことだろう。誇り高き縄文人達は、江戸時代まで山に住んでいたらしい。

安土桃山時代、里の住人は大陸から伝来した仏教の影響を受け、表向き獣を食べなくなる(兎の数え方は獣でないという建て前で鳥と同じ。クジラは魚扱い。イノシシは山鯨)。獣も食べた「山に住む人達」(サンカなどと呼ばれた)に対する差別がこのあたりから始まったことは想像に難くない。

B型が最も多い民族はというと、モンゴルなどに住む遊牧民である。O型の祖たる縄文人は多数の土器を残し、貝塚を作り、遺跡も多数見つかる。土木作業を得意としたA型は、万里長城など、巨大な建造物を多数残した。しかしモンゴルに行くと驚くが、遺跡の類は皆無。大暴れしたチンギス・ハーンの墓さえ発見されておらず。

遊牧民は生まれ、最低限の生活用具や家畜と共に移動し、時には大暴れし、死んで土に帰っていく。自分の土地という概念を持たないため、暖かくなると南に移動。A型が「版図」と思っていた土地にも平気で進入した。いや、遊牧民からすれば「昨年は草原だったの何で今年は畑になってるんだ?」と思ったかもしれない。

農耕民族は暖かくなると北からやってくる妙な奴らに農作物を荒らされてしまう。この争いが大きくなり、やがて決定的な対立となり、各所で紛争が発生。農耕民族は馬に乗ってやってくる遊牧民から土地を守るべく、防ぐ万里の長城を作り上げることになる。A型はB型の自分勝手さを徹底的に嫌うのだ。

・血液型論(そんなの全く関係ない、と考えている人も多いです)はうなぎ屋が休みの火曜日で続きを。

| コメント (0)